自慢話


自慢話って言うのはいいけど聞くのは嫌・・・これって誰もが思ってることなのかもね。
自慢話をした事ない人っていないと思うんだな。
意識的であろうが無意識であろうがついつい言ってしまうことってあるんじゃない?

ただ・・・

自分で気がついて自重する分にはまだ見込みがあると思うんだな。
自慢話をしてるって自覚もなく、また相手の気持ちを考えずに得意げになって話すのは如何なものかと。

ある時、ふと思いました。

どうして自慢話するんだろってね。

私、アキはこう思います。
自分自身というものがないから。
実は空っぽで面白みもなくて・・・薄々感づいてはいるものの空っぽな自分を認めたくない。
空っぽな自分だけど認めてもらいたくて必死。
自分をリスペクトしてもらいたくてしょうがない。
だから必死で自己アピールするけど、アピールされる側からしてみればただの自慢話。
リスペクトされるどころか「バカじゃねぇの?」って思われるだけ。
そう、必死に自己アピールする事でしか誇示できない可哀相な人ってこと。
よくありがちなのが
「私、東大出身なの」
「僕は上級公務員です」
「私の父は刑事です」
「私の家は代々医者で資産がx億です」
「私の友人は美人でよくスカウトされるの」

・・・だけど、自分自身はどこにあるの?

どれも全部、虎の衣を借る狐って感じ。
これじゃまるで「私は自分自身がありません」って露呈してるみたい。
こんな話をしているうちに今の今までずっと忘れていた出来事を思い出しちゃった。
実はね、私自身も高校時代に自慢話で悩まされた事があります。
この出来事がきっかけで自慢話のみっともなさを思い知ったほどでした。

もう随分昔の話です。

私は当時、プロレスが大好きでお金さえあれば会場に足を運んでました。
それだけにとどまらずレスラーの私設ファンクラブにも参加したりして高校時代の大半はプロレスに費やしましたっけね。
或る日の事、参加していた私設ファンクラブの代表者からある女性を紹介されました。仮にAさんとします。
Aさんは私より6歳年上の女性で当時高校生だった私をよく可愛がってくれましたが、日を追う毎にAさんに対して少しずつ違和感を感じるようになりました。
その違和感とは、やたらと目立つAさんの自慢話・・・そうAさんとの会話の大半は自慢話ばっかり。

レスラーの○○とこんなやりとりをした
レスラーの××とは頻繁に電話で話をする
レスラーの△△とは飲み歩くほどの仲
団体関係者の◇◇さんから花束嬢のさそいが来て困る

この手の話題をしているときのAさんは本当に楽しそうで、嬉々とした表情や声色で話してくれますが、聞かされる私はうんざり。
しかしそんな私の気持ちを知ってか知らずかAさんの自慢話はエスカレートしていく一方。
ある時、Aさんの自慢話が原因で酷くショックを受けた出来事がありました。
当時、私が応援していた某レスラーの女性トラブルをあろうことか私に話すのです。頼みもしないのに。
その”女性トラブル”の当事者である女性がAさんの知り合いである事やその一部始終を間近で観ていたらしく随分詳しく話してました。もう、本当にショックでした。
その日から某レスラーへの見る目が変わってしまい、どんな名勝負も名勝負と思えなくなるほどでした。
この某レスラーの女性トラブルの話題以降もAさんの自慢話に度々心を痛める事がありました。
そう、Aさんはいかにレスラーや団体と通じているのかを誇示したかっただけなのです。
言ってみればAさんの自己顕示欲に巻き込まれたようなもの。
このAさんの自己顕示欲はとどまることを知らず、挙句には当時参加していた私設ファンクラブを乗っ取るという暴挙にでたのです。
これまでの代表者が家庭の事情で代表を降りる事になり、ここぞとばかりにAさんが名乗り出たそうです。
Aさんが代表になってからというものファンクラブを完全に私物化してしまい、会報の記事は自慢話のオンパレード。
それに嫌気がさした会員の多くが出て行ってしまいました。もちろん私も出て行った会員のひとりです。

更にはこのAさん、某団体では有名なグルーピーだったことが判明。
しかもグルーピー軍団のボスだったというから呆れて物も言えません。
余りのグルーピー行為に某老舗団体から要注意人物指定されていたとか。
そして、このグルーピー行為すらAさんにとっては自慢ネタでした。

度を越した自慢話
ファンクラブ乗っ取り
そしてグルーピー行為

目に余る出来事が続くうちにAさんのことが大嫌いになり、それはもう露骨なまでに嫌悪感をあらわにしましたね。
Aさんから会場でお菓子を差し出されてた時だったでしょうか・・・
思わずAさんに放った一言が「そんな汚いお菓子いらない」でした。
Aさんはただ呆然としていました。
そして何より、最後まで自分が嫌われた理由がわからなかったようです。
この出来事がよほど強烈で、しかも多感な10代の頃に経験したからかそれ以来、大抵の自慢話には動じなくなりました。
同時に自慢話や自己顕示欲のみっともなさを身をもって知りました。
そういう意味ではAさんには”部分的”に感謝してるかな。
今から思えばAさんには自分自身がなかったように思えます。
なんていうのかこう・・・
ひとつのことにしがみつく余り自分自身を見失ってるというのか、自分が自分じゃない状態にいたというのか。いろんな意味で寂しい女性だったのではと思います。

彼女から「プロレス」を取ったら何が残るの?
「プロレス」しか見出せるものがなかったの?
「プロレス」でしかステータスを見つけられなかったの?
そんなことを今、ふと思いました。
Aさんの場合、見出せるステータスが「プロレス」しかなかったんでしょう。
一連の行動がそれを物語っているように思えますし、本当に気の毒な女性だと思います。
そして自慢話を繰り返すことで必死に自分のステータスを確かめていたのではないでしょうか。
自慢話はときとして相手をひどく傷つけることもあるのです。
人のふりみてなんとやら、私も気をつけないとね。